Nakao Yoshitakaの最近のブログ記事

打ち合わせ

鎌倉の家で中尾義隆の打ち合わせ。

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ガラス絵たち。
(ガラスの裏から油絵を描く)

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クラッカー♡

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「アクロバット」という版画。
額装していない生の絵を見ると、色の深みや質感、立体感がより感じられる。

手袋をさがす

向田邦子の「夜中の薔薇」という本のなかに、
「手袋をさがす」というエッセイがあります。
本当に気に入った手袋でなければしないほうがまし。
手袋なしで冬を過ごし、指がかじかんでも
本当に気に入った手袋が見つかるまで、
探し続けようと決心する一夜が書かれています。

これは向田邦子の生き方を表している話です。
私はそこまで自分の望むものを追い求めるという強い気持ちは持っていませんが、
洋服や音楽、身のまわりに置くものは気に入ったものでなければ
我慢できない。好きなことや、やりたいことしかがんばれない性格です。


今回中尾義隆の展覧会をきっかけに、絵や義隆について調べ、
みえてきたことがたくさんありました。
おじいちゃんの歴史を知ることは
自分のルーツを知ることでもあり、
あきらめがついた部分もありました。
私の性格や生き方にも。

絵が教えてくれることがたくさんあり、
パズルのピースをはめていくように、
いろいろなことがわかって、
うれしい気持ちも
かなしい気持ちも一気に湧いてくるような最近でした。


年末から私は突然お墓参りに行きたいと強く思ったり
(大阪のコースの時に一人で行こうとして、高野山は大雪で行けなかったのですが...)
毎晩かかさずしているお祈り
(幼稚園が教会だったので、キリスト教じゃないのに
天に召します我らの父よからはじまるお祈りをしている私)に、
プラスして、ご先祖さまにお祈りしはじめたり笑。
お正月は、おせちを作って詰めたい!
と母の嫁入り道具??のお重をはじめて出して使ったり。
ご先祖さまに導かれているような不思議な感じ。

いろいろな方のお力添えがあり、
中尾義隆の絵をもっとたくさんの方に見ていただけるチャンスをいただきました。

とてもうれしいです!

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NHK日曜美術館 アートシーン

3月9日NHK日曜美術館 アートシーンに中尾義隆の4作品が紹介されます。

http://www.nhk.or.jp/nichibi/

3月9日あさ9:00〜10:00

1 易者 1957年木版 Harvard Art Museums収蔵作品
1960年日本現代版画ー創作版画展 シカゴ美術館に出品作品

2 裸婦 1960年 木版 国際版画協会IGAS*から出版作品
 
3 姉妹 1960年頃 リトグラフ National Galelly of Art収蔵作品
   
4  1979年 ガラス絵 女性陶芸家からいただいた陶製の額に合わせて描いたもの  
 
*IGAS ニューヨークにある非営利の会員制組織で、
日本の代表的な版画家の作品を米国やヨーロッパの会員に頒布している組織。
頒布するかどうかは10人の審査員の内6人以上の賛成がないと決定しない。
従って、まず作品の試作の送付依頼があり、審査後200部の制作依頼が来る
という仕組みである。

以上のような事から
裸婦は作者保存版として10枚だけが日本に有るという事になります。
 
ワシントンにあるナショナルギャラリーオブアートに収蔵されていた
リトグラフ「姉妹」は50年程の眠りからさめて、
日本のたくさんの皆様に出会えた事を心から喜んでいると思います。
 
私も義隆の作品の思いと同じ、たくさんの人々にみて頂ける事を
心から嬉しく思っております。 

角田 香子

知子の部屋/中尾義隆展がはじまりました!
http://keyno36.com/blog/2014/02/post-125.html

知子の部屋/なんとナショナルギャラリーにNakao Yoshitakaの"Sisters"がコレクションされていた!
http://keyno36.com/blog/2014/02/nakao-yoshitakasisters.html

中尾義隆の歴史
http://keyno36.com/blog/2014/02/post-126.html

中尾義隆の歴史

1911年(明治44年) 愛媛県宇和島市三間町に、200年余り続いた山間の地主の長男として生まれた。
1936年(25歳) 第9回全関西洋画展(大阪朝日会館)に油彩画「炭焼く山」初入選。
1942年(31歳) 第7回国画会展(東京都美術館)に油彩画「青林」を初出品、初入選。
1943年頃(32歳) 自宅の改装を行い、台所でセメントを塗り込む作業を見るうち、生乾きのセメント上に刻すれば、版画になることを思いつき、セメント版画を考案する。セメント版画の作品は、「絵を描く友人」「けしの花」「ざくろ」「休憩時間」「地面師の話」「霧島」「古生物」等。
1946年(35歳) 恩地孝四郎が中心となった版画研究会の作品集『一木集Ⅱ』に、畦地梅太郎を介して、セメント版による「絵を描く友人」を寄せる。
1948年(37歳) 第16回日本版画協会展(東京都美術館)に木版画「車庫」を初出品、初入選。会員に推挙される。
国展出品のため発送した油彩画が手違いにより東京に届かず、先に上京して畦地梅太郎の家で待機していた義隆は、畦地の勧めにより自らも木版画を制作、日本版画協会展に出品し、恩地孝四郎に"感覚的に優れている"と推薦されたのである。
1949年(38歳) 第23回国画会展(東京都美術館)に油彩画「秋の無花果」、セメント版画「けしの花」、「水のむ女」を出品、版画作品で国画奨学賞受賞。
1956年(45歳) 第30回国画会展(東京都美術館)に木版画「蕎麦屋」、「石のベッド」を出品、三十周年記念賞受賞。
1957年(46歳)以降 国際版画協会(IGAS)から試作の送付依頼を受け、審査を通過したため「女」、「裸婦」、「日射」の三作品を各200部制作。
串田孫一、尾崎喜八らが創刊した山の文芸誌「アルプ」に絵と文章で参加する。
1960年(49歳) 日本現代版画―創作版画展(シカゴ美術館)に「易者」を出品。第34回国画会展(東京都美術館)に木版画「実地検証」、「臨検」を出品、会員となる。
1966年(55歳) ガラス絵を始める。
1968年(57歳) 日本ガラス絵協会展(ハクホウ画廊等)に出品。
1994年(83歳) 44歳で移り住んだ東京にて逝去。先祖とともに、高野山に眠る。(戒名 彫琢大隆居士)
1996年    「人間へのまなざしー中尾義隆展」(愛媛県立美術館)開催。

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串田孫一氏と。

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奥から、串田孫一氏、草野心平氏、中尾義隆、大洞氏、畦地梅太郎氏。

知子の部屋、中尾義隆展、緊急連載?
第二回、義隆の一番のファンで、知ってもらいたい!と
細々と活動している私の母の登場です。


それは、私の祖父中尾義隆(1911-1994)の一言で始まったのです。
「自分の作品がニューヨークの美術館にある」という。

7年程前、とても親しくして頂いているアメリカ人版画家、
ピーター・ミラー氏(http://kamprint.com/xpress/フォトグラビュール、次女加那子の幼なじみのお父様)
に調べて頂いたところ、ワシントンのNational Gallery of Art に"Sisters"という作品があるということが分かりました。
しかし、その後、海外の収蔵作品について調べることなく今に至りました。
今回、畦地梅太郎記念美術館での中尾義隆展のポスターやチラシなどの打ち合わせ時になって、
そのことを思い出し、次女にリサーチを頼みました。
そこで、以下のことを確認したのです。

National Gallery of Art "Sisters"
Harvard Art Museums "Abstract Face" "Fortune Teller"
Art Gallery of Greater Victoria "Washing Hair" "Yoso-oi(Dressing)" "Girl"
Fine Arts Museums of SAN FRANCISCO "Picture of a Man drawn in Red"

このように日本のほとんどの人たちの目に触れていない中尾義隆の作品が、
祖父のいない今、生き生きと世界中を駆け巡っていることを知り、
驚くとともにとても嬉しく思っています。

そしてなんと、祖父の絵の入った箱の中から"Sisters"を見つけ出し、
急きょ展示することにしました。
今回確認したもののうち、National Gallery of Art "姉妹"、
Harvard Art Museums"易者"、Art Gallery of Greater Victoria"女の子"の
3作品を展示しています。

祖父が考案したセメント版画やガラスの裏に油絵を描くガラス絵など、
興味深い展覧会です。
この機会にたくさんの人たちに観て頂きたいと思っています。

畦地梅太郎記念美術館のある宇和島市三間町には、四国八十八ヶ所のうち、2か寺(仏木寺、龍光寺)があります。

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セメント版 『ざくろ』 1950年

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木版 『裸婦』 1960年

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Art Gallery of Greater Victoria 収蔵作品
木版 『洗髪』 1957年

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National Gallery of Art 収蔵作品
リトグラフ 『姉妹』 1960年


角田香子

つづく...

知子の部屋/中尾義隆展がはじまりました!

展覧会のため中尾義隆にかかりきりな母。

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中尾義隆は愛媛県宇和島市三間町出身の私の曾祖父の画家です。

義隆と同郷で親交のあった版画家、畦地さんの
三間町にある、畦地梅太郎記念美術館で、
中尾義隆展がはじまりました!

展覧会では、油絵、セメント版画(義隆が考案しました)、
木版、ガラス絵(ガラスの裏から油絵を描く)が展示されます。

おじいちゃんの絵は、モダン、おしゃれ、
大胆で力強く、色のコントラストがはっきりしているもの、
哲学的な絵、抽象的なもの、セメント版画のナチュラルでやわらかい表情、
具象でカラフルでPOPなもの、いろいろな絵があります。

絵のタイトルも、「不倫」「アクロバット」「地面師たち」など、
昔の人とは思えないタイトルがついているものや、「休憩時間」「午睡」など
かわいいタイトルのものがあって、そこもお気に入りポイントです。

人間を描き、顔を覆い、目鼻を描かないもの、
大胆な顔を表現したもの、いろいろありますが、
感情的ではなく、深閑としていて、
絵を観ているととても心が落ち着きます。

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木版「裸婦」(イガスから出版された作品)
木版「石のベッド」
木版「蕎麦屋」(ともに国画会30周年記念賞受賞作品)

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木版「アクロバット」

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木版「ダービー」

私の母は、おじいちゃんの絵の一番のファンで、理解者で、
著作権の継承者です。

私もおじいちゃんの絵が大好きです。
ぜひ多くの方に絵を観ていただきたいと思っています。

http://www.city.uwajima.ehime.jp/www/contents/1283996790015/html/common/52f861e4010.html

つづく...

Profile

角田知子 Tomoko Tsunoda
ジャイロトニック認定トレーナー/ジャイロキネシストレーナー
ジャイロトニックと出会い、その動きの美しさ、素晴らしさにはまり、トレーナーの道へ。身体の内側を見つめ、身体の感覚をよみがえらせることの重要性を感じ、素晴らしいGYROのエクササイズを多くの人に伝えたい。

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